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拙いわたしの拙いぶろぐ

駄目人間代表が適当に書いた小咄をまとめて載せたり、大好きな戦国夫婦について語るだけ

笛の音は桜吹雪の中

創作SS

うちのツンデレちゃんと飄々くんの出逢いを書きたいなと思って書いてみたけど、着地点見失ったの巻。最終的に何が書きたいのかわからなくなったくらいなので、いつもの何倍もグダグダです。

今日の一言:子どもの描写って難しい。

 

  我は小早川の忍衆、本郷衆の首領なり。
吹き荒ぶ寒風が格子窓から吹き込み、そこに現れた裹頭姿の男はそう名乗ると流れるような刀捌きで敵の首を獲ったという。
「其の人こそ、我らが偉大なる父である」
日当たりの良い上に、逃避行という名のかくれんぼでも見つかり難いと踏んでいたお気に入りの場所をとうとう兄に見破られ、昼寝をしようとしていた音哉は文字通り首根っこを掴まれて居間へ連れ込まれていた。
「いいか、耳の穴をかっぽじってよく聞くのだぞ。小早川を陰で支える功労者・本郷主税の子として、我らはいつ何時も如才なく振舞わねばならん」
嗚呼、煩わしい。
長々と続く兄の話に、相槌を打つ真似だけをして音哉は内心ため息を吐く。
概ね『忍びとはなんたるか』という内容である兄の長話は、なにも今に始まったことではない。
思えば昔からこうだった。
兄は優秀な忍びである父を熱烈に尊敬しており、その父のように数多の功を成すことを己や弟である音哉にも強いろうとしている節があった。
音哉からしてみれば、幾ら親子であろうと父は父、子は子で別ものなのだから関係ないではないかと思えるのだが、この兄はどうやら違うらしい。
「まあまあ、お兄ちゃん。音哉はまだ六つなんだから、難しいことを言ってもわからないわよ」
向かい合う兄弟の側で縫い物をしていた母がかくも可笑しそうに笑って言うのに、幾分か顔を赤くした兄が「早くから叩き込むのがよい教育だと先日父上も申されておいででしたが」と言い返す。
「それはそうかもしれないけれど。でも見てごらんなさい、音哉は話なんてちっとも聞いていやしないわ」
さっきから欠伸してばっかり。
そう呟く母に兄がはっとしてこちらを見てくるものだから、とうとう姿勢を崩した音哉は「だってつまらないんですもん」と白状する。
「何を言うか!私の話はお前にとってこれから先の人生で重要となるものばかりだぞ」
四の五の言わず、姿勢を正して話を聞け。
などと言われるのだろう、どうせ。
それならばこちらにも考えがある、と音哉は相変わらずくどくどと喋り続ける兄の隙を掻い潜り、一目散に家から飛び出す。
残念ながら知恵では、八つも歳上の兄にはとてもじゃないが敵わない。
然し、瞬発力の良さと逃げ足ならば自信があった。
普段駆け回っているこの森ならば、話に夢中で出遅れる兄を撒くことなど容易い。
「おもしろくもないはなしをおとなしく聞いてられるかってのー」
逃げ出したとき、一瞬母と目が合った。
『子どもは野山を駆け回るのが仕事よ』
いつもそう笑う母ならきっと兄を諌めて、音哉を追わせることはさせないだろう。
森を抜けたところで、ここまでくればいいだろうと引っ掛けてきただけの草履をきちんと履き直す。
行く宛てもなく飛び出してきてしまったが、さてどうするか。
未の刻で夕飯の買い物だろうか、賑わう城下町を抜けて、音哉は目の前に現れた山に聳える城を仰ぐ。
「いつ見てもつよそうな城」
季節は春、山は見頃も盛りな桜で桃色に染まっていて、音哉は良い考えを思いつく。
懐に手を突っ込み目当ての物を探ると、護身用に持たされている手裏剣や匕首の他に、丸く細長い物を見つけ口角を上げた。
  「よう、音坊。どうしたよ」
鐘の段を越えた先にある番所で番をしていたのは顔見知りの若年の男で、音哉を見てすぐに声を掛けてきた。
「ちちうえにとどけもん」
番所を通るために吐いた幼子の小さな嘘に気づくでもなく、番人は「えらいな」とその頭を撫でる。
容易に城内へ入れてしまった音哉は神楽笛を片手に華やかな山を駆け上がる。
そもそも父が城に在中しているのかなど知りもせず吐いた嘘だ、その内ばれることは承知の上だ。
そうしてしこたま父に叱られるのもまた承知の上、音哉は城を疾る。
「あとのことなんてどうでもいいね」
音哉にとって何より大事なのは今、このときの感情の赴くまま生きること、ただそれ一つだけだった。
それこそ数え切れないほど訪れ勝手知ったる城は、本来の山の形に沿って幾つもの曲輪が建てられている。
それゆえ移動が少々大変なのが難でもあるのだが、彼方此方を俊敏に駆け巡る忍びの家系に生まれた音哉には意味を成さない。
「おいしょ、っと」
城主夫人が住まう北の丸の辺りまでやって来た音哉は適当に登りやすそうな木を見定めると、猿のように身軽な動きでその木に登る。
太くしっかりとした枝に居を得て、音哉は風に揺れて散ってゆく桜の花弁を横目に笛にそっと口を添えた。
目蓋を閉じれば聴覚や嗅覚がいつもの何倍も優れているように思え、春の香りがする風の音に乗せて、音哉は笛を奏でる。
最近覚えたばかりの神楽の曲は桜舞うこの季節には似合わないが、これはこれで風情とも言える。
笛の師匠でもある父は「物は言いようだな」と目元に皺を作るだろうが、音哉はそんな父の呆れ笑い顔もそれなりに好んでいた。
忍びにとって無駄なものはないという両親の方針でなんとなしに手に取り始めた笛でさえ、忍びとなれば武器となるらしかった。
「眠り薬を入れておいて、笛を吹く度に風に吹かされ相手方を眠りに誘うという算段さ」
これなら無駄な血が流れない、そう言って視線を何処かへ流した父の思うところなど、今の音哉には全く以ってわからない。
わからないけれど、その言葉その表情それだけで、音哉は忍びという生業に対し悪い心証を抱いてしまったのだった。
父の跡を継げとは言われていない。
首領の座は、恐らくは兄が継ぐだろう。
だが、『本郷衆首領の子』であるというだけで、音哉にははじめから一つの道しか用意されていないらしかった。
いっそ、家出をして能楽座ででも働かせてもらおうか。
さすれば好きな笛を武器にせずとも生きていける。
笛を吹きながら、稚拙な頭でそんなことを考える。
(ああでも、そしたらおれは抜け忍か)
抜け忍とやらを実際に見たことはないが、兄からの話で存在は知っていた。
兄によるとどうやら抜け忍は、逃げても逃げても執拗に追われ続け、捕まれば最後、惨い罰が待っているという。
それはそれで嫌な人生となる、寧ろそのほうがずっと苦しい道となるということは、幼い音哉でも想像に難くない。
結局、忍びとなるしか道はないのだというなんとも面白みのない答えに辿り着く間にも、小鳥のさえずりのような音色が休まることはない。
  暫くの間吹き続け疲れが出てきたのもあり、そろそろ音を止めようかと唇を笛から離したときだった。
東風ではなく北風ではないかと思えるほどに突き刺さるような冷たさを持った強風が、城に吹き抜け音哉の背も刺し通す。
そのあまりに強い風は見頃の桜を大きく揺らし、地を彩る桜絨毯までもを舞い踊らせる。
桜吹雪に息を呑んだ音哉は、我知らず目を細めた。
微かな視界には舞い遊ぶ桃色の花弁の他には何も無いはずで、けれども音哉は吹雪く桜のその先に、靡く黒髪を押さえ此方を振り返る少女を見た。
肩より長い黒髪に映える肌は抜けるように白く、触れればきっと滑らかなのだろう。
肌に浮かぶ紅い唇と吊りに吊った大きな目が、気軽に触れることは許されない気高さを醸す。
突如視界に姿を見せた同じくらいの年頃の少女に目を奪われたまま、魅了された桜吹雪の美しさなど忘れた音哉は笛を握る手に力を込める。
高そうな着物を着ているが、何処かの姫君だろうか。
幾ら城内とはいえ、お付きの者も伴わずに一人で歩くのは些か不注意ではないか。
交わった視線を逸らすこともできずに音哉が口を開こうとすると、少女のほうが先に声を発した。
「そのようなところで、なにをしておる」
危ないではないか、思っていたよりずっとつっけんどんとした喋りに音哉は一瞬面食らうが、面白い、と直ぐに口許に弧を描く。
「見てのとおり、ふえをふいているだけです」
「ふえならば地べたでもふけるであろう。わざわざ木にのぼるひつようなどない」
刺々しい言い方だが、その頬が引き攣って見えるところからして音哉を心配しているのだろう。
はあ、と呆れた素振りを見せ、音哉は吐き捨てた。
「おひめさまってのはじょうちょがないな」
「なんですって」
馬鹿にしたような音哉の言葉に、少女はわかりやすく気を立たせる。
「木にのぼってかなでるがこそ、ふうりゅうってもんでしょう」
笛を懐に仕舞い枝の上で立ち上がった音哉は、地上から見上げてくる少女を笑う。
どうやらそれが気に食わなかったらしい少女は音哉を睨みあげると、大声で叫んだ。
「人のこういをないがしろにした上、ぶじょくするものに用はない!城の人間に見つかって、いやになるほどおこられればよい」
「そりゃあまずいや」
鼻息荒く言い放った少女が可笑しく、けらけらと笑い声を上げて返す音哉に少女は相も変わらず睨めつける。
「何がおかしい」
不服そうな少女ともっと話してみたくなった音哉は、このようなこと朝飯前とばかりに幹を伝って地に降り立つ。
あっという間に目の前に現れた音哉に少女は目を丸くし、それからはっとした様子で前のめりに立った。
「な、なによ。今さらおりてきたって、そなたのはつげんをゆるすつもりはない」
「べつに、ゆるしてもらおうと思っておりてきたんじゃないですし、どうでもいい」
無愛想ながら戸惑いの浮かぶ顔を近くに、音哉は彼女の瞳を見つめる。
まるで藍染めしたような濃紺の瞳は、木漏れ日に射抜かれ光を見せていた。
「見たことない顔ですけど、いったいどこのおひめさまです」
「人に名をたずねるなら、まずおのれから名のるがれいぎではないか」
音哉の問いに機嫌を損ねた少女に、音哉はこれは失礼と膝をついた。
確かに彼女の言う通りだ。
「おれはここの城主さまが手先とする本郷衆のしゅりょうの子、音哉です」
「ほんごうしゅう」
忍びであることは隠さねばならないと両親や兄から固く言いつけられている故、首を傾げる少女には「おやかたさまの手足となるものたちのあつまりです」などと適当なことを言っておく。
音哉の適当な応えに納得した少女は、背筋を伸ばすと漸くその名を口にした。
「わたしは乃美びぜんのかみがむすめ、凪。この城にはひと月ほど前に入ったばかりで、今はごぜんさまと北の丸ですごしておる」
「へえ、北の丸で」
乃美備前守という人間が誰かは判らないが、北の丸で暮らしているという話からして厚遇されており、どうやら人質ではないらしい。
音哉は割と頻繁にこの城を訪れては父や城主に叱られていたが、そういえばここひと月は城まで足を伸ばしていなかったから、彼女と出逢うこともなかったのだろう。
少女が齎した僅かな情報から音哉がこれだけの推測が立てられたと知れば、兄は泣いて喜ぶかもしれないがそれはさておき、音哉は凪と名乗った少女に体勢を戻すよう告げられ、立ち上がる。
並行に立てば、やはり目線は同じくらいだった。
「そなたはなにゆえこのようなところへ」
「兄上がうるさいので家をとびだしてきたんです」
膝についた汚れを叩きつつ答えれば、凪は「下の者は上の者をうやまうもの。そのような言い方はすかぬ」と声を漏らす。
「されど、このみだれた世では兄弟であらそうこともそうめずらしくはないじゃないですか」
「…それは―」
口籠もる凪を見て、音哉はなぜか胸が痛み「兄上のこと、べつにきらいじゃないですけど」と付け加える。
「わたしにも、おなじ母をもつ兄がふたりいるわ」
頭の後ろで腕を組む音哉を目にした凪は一瞬驚いたような素振りを見せ、それからおちょぼ口でこう言った。
「上の兄はやしきで文武にはげんでいらっしゃるけれど、下の兄はちがうお国にひとじちに行かれた」
音哉の肩に付いた花弁に、凪の指先が触れる。
「それゆえ思うの。きょうだいはともにいられるうちは、できるかぎりしたしくすべきだと」
下は上を敬い、上は下を重んじる。
それが兄弟の正しい在り方なのだと凪は語る。

話の意味を概ね理解しながらも、難しい話をする子だなんてことをぼんやり思う音哉はあからさまに欠伸を噛んだ。
「…でもおれは兄上のなっがいはなし、せいざして聞くのはごめんだな」
「そんなにながいの」
兄が聞いていれば結局そこに行き着くのかと怒りそうなことを言う音哉に、意外にも凪は興味を示す。
「ながいよ、かめがあくびするくらいながいしつまんない」
「なによそれ」
喩えが悪いと言う凪は、無愛想な顔をくしゃりと崩して笑う。
頬が綻び大きな目は細まり、口許は緩まりまるで邪気が無い凪の姿に、音哉は惚ける。

雪景色に似合いの愛想のない女子だと思いきや、桜色の季節に驚くほど似合うではないか。

音哉はトクトクと穏やかな音を立てる、自身の胸を押さえる。

(なんだろう、これ)
初めて目にした凪の笑顔は音哉が想像していたよりもずっと可愛らしい色をしていた、とか。
「どうしたの、おとや」
彼女が呼ぶ自分の名が不思議なほど甘やかな音をしていた、とか。
「…なぎひめさまってさ、」
「凪でよい」
「…なぎ」
初めて呼ぶ彼女の名が胸の隙間に心地よく落ちてきた、とか。
その理由や意味は、まだ稚い音哉には一つもわからなかったけれど。
「なぎってさ、わらうとあくびしたねこみたいだな」
「ほめてるの、けなしてるの」
自分の言葉でまた少し不機嫌になった凪を見て、取り敢えず今は彼女の変わる表情を独り占めしていたいと音哉は機嫌を良くするのだった。
「もちろんほめてる」
「うそばっかり!」