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拙いわたしの拙いぶろぐ

駄目人間代表が適当に書いた小咄をまとめて載せたり、大好きな戦国夫婦について語るだけ

ついのべ26

ついのべログ

大助と大八をもっと知りたい今日このごろです。

 

「ぃやっ、はな、して」泣きじゃくり、腕に絡み付いた自分の手を解こうとするすずを見て、才介は他人事のように、初めて泣き顔を見たと思う。「はなして、よぉ…」「嫌だ、離さない」はっきりと告げた才介に、すずは見るからに驚く。「今、この手を離したら…私は一生後悔する」「…なんでっ」「お前が好きだからかな」泣いている好きな女を放っておけるわけが、ないじゃないか。

 

微睡む自分の髪を撫でる愛しい人の細い指が、冷たいのに心地良い。その指を取って一本一本に口付けたい気もするが、今はまだ、雲に寝転んだような快い気分を満喫したい。目が覚めたらそのときに、彼女の驚く顔を見よう。そして、恥ずかしがる顔も、はにかむ顔も、微笑む顔も、全て見たい。なんだか、良い夢が見れそうな気がした。

 

「俺と居ても、幸せになれない」苦悶に満ちた表情で絞り出された言葉を、他人事のように耳に入れる。知ってたよ。君がそう言うことくらい。わかってるよ。私を思って言ってるんだってことくらい。でも、狡いんじゃないかな。「私には、権利をくれないんだね」「権、利」「君の苦しみを一緒に背負う権利」ねえ。「君と不幸になるって決めたの、私」この願いくらい、叶えてよ。

 

俺と彼女の間に引かれた見えない線は、彼女が引いたもの。それは、彼女が自分の領域に俺を入れない為のもので、彼女はその線を俺だけでなく、他の人との間にも引いている。「お前はそれで寂しくないの?」「…だって、怖い」怖い、彼女は繰り返す。本当の自分を知られることが、嫌われることが、怖い。嗚呼。許されるなら、俺はこの線を飛び越えて、君を抱き締めてもいいですか。そして、君が恐れるものは俺が全て和らげるから、境界線なんていらないのだと教えたい。

 

数日。ほんの数日会っていないだけのはずなのにこの胸には空虚感が漂う。彼が側にいないのは決して珍しいことではない。自分だって先日まで城を空けていたというのに、その時は微塵も感じなかった寂しさやら心配やらがふつふつと湧いてくるのは何故。凪は自分の女々しさに対する苛立ちを針にぶつけた。

 

彼女が求めてくるものなど、思えば何も無かった。「口付けなんていらないから」放たれた言葉に、音哉は唖然とする。「今言うか、普通」「今言わなきゃ、あんた接吻しようとしたでしょ」胸板を軽く殴る体を取った凪は、音哉を見上げて睨み付ける。「私はあんたに何も望んでないから」言葉も、態度も、行動も。我が恋人ながら、冷めた女だと思う。でも、それが強がりであることくらい、音哉は知っていた。「お前がいらなくても、俺がしたいんだよ」「何よそ…っ」強引に顎を引いて奪った唇は、思っていたよりも柔らかい。凪は音哉の鳩尾に拳をいれようと試みるが、あまりの羞恥に体に力が入らない。漸く解放された凪に、音哉は舌舐りしてにやりと笑った。

 

貴女にもあったでしょ?いつか現れる王子様に焦がれた幼い日が。私にだってあった。背が高くて、とびきり優しくて、それで。それが何で、私はこんな奴と一緒にいるんだか。凪は愉しそうにアルバムを眺める音哉を見下ろす。背はそれなりにあるけど、ちっとも優しくなんてないし、甘い言葉を吐いてくれるわけでもなし。付き合い始めたのだって、周りにけしかけられ、お膳立てされてだった。飄々としている癖にヘタレにヘタれた、格好悪い王子様。(ああでもこんな奴なのに、やっぱり好きなんだわ)

 

失明してしまったこの眼では、もう光さえ捉えることが出来ない。勿論、愛する人の顔も、もう二度と見ることは叶わない。でも、存外悲しむことではなかった。幸いにも、職業病で気配には敏感であるし、耳は人よりずっと敏い。愛する人は、たまの暇を見つけ、尋ねてくる。その度に昔では考えられないほどに気を使ってくるものだから、つい笑ってしまう。私は何をすればいい、そう言う声に、凪は微笑んだ。「声だけ聞かせて」それだけで、私は十分に幸せなんだから。

 

いつだったか、誰だかが言っていた神とやらの教え。それによると、信じる者は救われるらしい。「信じるだけで救われるなら、人生上がったりだな」音哉はそう言ってせせら笑う。その腕は凪に伸ばされていて、凪は珍しく導かれるままに彼の元に収まる。「私は神様なんて信じるくらいなら、あんたを信じるわ」「おや、普段道化師だと言っている癖に」おどける音哉の両頬を掌で挟む。「確かにあんたは嘘ばっかりだけど、あんたの生き様は素直だから」得体の知れないものなんかより、余っ程信じられるわ。言い切った凪の頭を、音哉は胸に押し付けた。

 

「ばーか。そろそろ気付け」呆れた顔で僕を小突いた音哉に、僕は首を傾げてみせる。「何に」「何にって君、本当に気づいてないのか」その狐目が丸くなって、ぱちくりとするのを初めて見たなんていう、どう考えても話に関係の無いことを思っていた僕に、音哉は視線をあの子に向けて深いため息を吐いた。

 

もっと漢文を勉強しよう。