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拙いわたしの拙いぶろぐ

駄目人間代表が適当に書いた小咄をまとめて載せたり、大好きな戦国夫婦について語るだけ

ついのべ34

ついのべログ

さつまいもの煮物が美味しかった今日です。

 

やめないで、お願いだからやめないでと囁くか細い声に頭の奥のほうから熱が帯びていって、くらりと意識が手放されそうになる。華奢な身体を抱く腕を掴む細い指は、思わず背筋が凍るほどに冷たい。交わったままの視線の先で、濃紺の瞳が熱に浮かされたように揺蕩っているのを確かに捉えた先にあるのは。

 

しめつけるくらいに強い想いが顕になって、潔いほどに真正面からぶつけられて、逃げ癖のある私の行動パターンも理解しているとばかりにその双眸は私を捉えて離すことはない。頭の隅で警鐘がなる。けれど逃げ道はいつの間にやら塞がれている。この身を雁字搦めにする想いに、息も上手くできなくなった。

 

こんなにも何かを恐ろしいと思うのは、生まれて初めてだった。それは決して誇張ではなく、一度はこの世を去ったのだと覚悟した相手の戻ってきた背に縋るように身を寄せる。「今すぐ誓ってください、もうわたしにこんな思いをさせないと」わたしが零した音に、あなたはきっと目を瞠っているのでしょう。

 

もう、待てない。口の端から転がるように零れた正直な想いに、柄にもなく潤んでいく対の目はただでさえ曖昧な景色を更にあやふやにしてしまう。霞がかった視野は桜色に染まっていて、今にもあの笛の音が聞こえてきそうだ。膝から崩れ落ちた凪の身体を支える腕を、何やってるんだと笑う声を、願っても。

 

あのね。耳朶がふっくらとした耳にこそりと囁く。これはちょっとだけ勇気のいることで、わたしの胸はさっきから忙しなく音をたてている。寄せる唇に耳を傾けるあなたの頬はなぜだかゆるゆるに緩んでいて、不思議に思いながらわたしは赤らむ頬で、言葉を待つあなたに伝える。「ちゃんと、触れてほしい」

 

もし私が、あの子のように煌めいた瞳で真っ直ぐを見据え、脇目ふらず進んでいけたのなら。何度も描いた夢物語は所詮絵に描いた餅で机上の空論でしかなく、私は今日も自分の殻に閉じ篭る。独り、密かに考える。逃げた先、受け入れた先。貴方の、優しさ。変わりたい、噫だけど、そう簡単には変われない。

 

側室では駄目なのか。至極当然と尋ねた側近から視線を外すと、才介はふっと息を漏らす。「俺に同時に複数の女性を愛する甲斐性はないさ」愛することを知った才介にとって、彼女は唯一だった。だからこそ、生涯唯一の存在として側に居てほしいと願っていた。それが彼女を苦しめているとは、いざ知らず。

 

迷子のお知らせです。ショッピングモールをうろつく耳に届いたのは、聞き覚えのある声だった。迷子センターまで足を運ぶと迷子は無事母親と再会できたようで、涙ぐんだまま抱かれている。「よかったね」きつめの顔立ちをしているのに、子供に向ける表情は優しく、あの頃と少しも変わってはいなかった。

 

わたしは知っている。あなたがおもむろに耳朶を指先で摘んで、困ったように笑うのは照れ隠しだって。でも、わたしはあなたのそんな照れ隠しの仕草が困ったことに結構好きなんです。「わたしがあなたのそんな表情を引き出しているんだって考えたら、嬉しくて堪らないから」あなたはやっぱり照れ隠した。

 

「先輩、跳んでいきませんか」かつての後輩が勇気を振り絞った様子で掛けてきた言葉に、花は一瞬目を見開き、それから「…うん」と頷く。「少しだけ、跳ばせてもらってもいいかな」「も、ちろんです」きらきらと星が瞬く双眸は花を捉え、花を体育館に通す。足裏で、約二年ぶりに触れたトランポリンの感覚は少しだけざらついていて、年季を感じさせる。「―ふぅ」一つ息を吐いた花は、足に全体重をかけて、勢いよく跳ぶ。高く、高く二度跳ねた体は花に快感を呼び起こし、花は無意識のうちに三度目の跳躍、空中でくるくるりと二回転した。「おお」側でその様子を心配げに眺めていたチームメイト達は、無事の着地を見届けた後、花の技法に感嘆の声を上げる。「…もえちゃん」「はい」呆然としたままの花に名を呼ばれた後輩は、トランポリンの目前まで走り寄る。「わたし、今、あの頃と同じ表情、してた?」予想を遥かに超える花の問いかけに、後輩は泣きそうに顔を歪ませつつ、こくこくと上下に首を振る。「―して、ましたよ。とっても楽しそうな表情、してました」「…そっ、かぁ」彼女の返答に安堵して、花はトランポリンにへたり込む。二年前のあの日まで確かにできていたはずの表情が、あの日を境にできなくなって、そうして怪我が治っても心の傷は癒えなくて、一年が経ち、二年が経ち。「頑張ったね」いつの間にか傍らにいた善四郎の声に、花は顔を上げる。口角はきゅっと上げていないと、涙が出てしまいそうだった。頑張ったね、たった一言なのに、それは花の心を優しく撫ぜる。彼に会って、彼が新しい世界を教えてくれて、そして、彼らのおかげで織花の世界は広がった。止まっていた針は動き出し、いつしか心の傷は癒えた。「頑張りましたよ」胸に詰まりそうになりながら、花は応える。それはたった一言でありながら、花にとっては一つのゴールであり、スタートであった。

 

最後の話は、不慮の事故による怪我で挫折した少女が、全く違うスポーツでマネージャーをするうちに心の傷が癒えていく…という物語の小話。構想だけは出来ているので書いてみました。