読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

拙いわたしの拙いぶろぐ

駄目人間代表が適当に書いた小咄をまとめて載せたり、大好きな戦国夫婦について語るだけ

ついのべ38

家族から移ったマイコプラズマの後遺症(咳と中耳炎)に悩まされてます(´+ω+`)

 

遊女というものは大抵、男を翻弄するのが得意中の得意で、好意を示してくるのは何か企みがある証拠。それは十二分に理解している。彼女だって、その一人だということも。「ねえ、才介さま」上目遣いでこちらを見つめてくる彼女に、思わずぐっとくるものを感じてしまう。「何だ」「刀のお手入れをする姿が、かっこよかったなって…それだけ、なんですけど」なんていじらしい。その視線、その表情も、罠なのか?もう、いっそこの腕を取って。「本気にしてもいい?」耳元で囁いてみようか。

 

彼は嘘を付かない人だ。いつだって思ったままの言葉を投げかけてくる。それに比べ、私はいつだって取り繕った言葉ばかりを並べ、真実だけ言えないでいる。気付かれないように人との間に線を引いて、自分の領域には入れず。上手いものだと自分でも思う。だって、親ですら、気付いていない。なのに、なんで。なんでこの人は、気付いてしまうの。

 

愛煙家と言えば言い過ぎかもしれないが、それなりに煙草を嗜む俺に、すずは特に何も言わない。今まで付き合ってきた女の子達はみんな嫌そうな顔を向けてきたが、彼女に限っては嫌そうな顔どころか俺が煙草を取り出すと灰皿を持ってきてくれる始末だ。でも、今日はどうにも様子が違った。物欲しそうな顔で此方を伺うすずに、俺は煙草に火をつけて首を傾げる。「何?」「えっ、あ…気を悪くしないでね」彼女らしい前置きをして、すずは咳払いをする。「煙草、体に悪いでしょ?だから、少しでも減らせるように…キスで気が紛れるかな…と」思って。言っていて恥ずかしくなってきたのか、尻すぼみになるすずに、俺は口角を上げ、つけたばかりの煙草の火を揉み消した。

 

彼女が去った部屋に残った、フローラルグリーンの涼やかなラストノートが鼻を掠める。いつも側で感じているその香りが、自分の部屋に染み付いているという事実に、少しだけ優越感を覚え、才介はベッドに仰向けに寝転がったまま、一人微笑する。香水なんて、すずに出逢うまで臭いとしか思っていなかったのに、彼女の香りだから好きだなんて、なんだこの変わりようは。自分に突っ込み、才介は大好きな香りに包まれもう一眠りすることにした。

 

短くも密度の濃い月日を彼女の側で過ごしてきて、彼女をまるで真昼の月だと感じるようになった。いつでもその存在を主張することは無い。眩い陽を、浮かぶ雲を、静かな林を、燃え盛る火を、揺蕩う水を、慈母のように見守る。どうしようもなく優しすぎる彼女にだって、抱えている靄はあるはずで。それを、捌けられているのだろうか。抱えすぎてはいないだろうか。真昼の月だって、もっと己を出してもいいのに。

 

すずの膝に頭を預けて丘に寝転ぶ才介は、心地良さげに目を細める。戦いで不注意で切ってしまってからずっと短いままの髪を、やわやわと撫でられ夢に落ちそうになるのを我慢し、口を開いた。「行くなって泣き喚いたこと、許すよ」いつも毅然として才介を送り出すすずが、もう何も失わないでほしいと才介の背に縋りついて泣いた日、才介は「それでも俺は軍人としてしか生きられないから。ごめん」と残し、やはり出て行ったのだった。その結果、右耳の聴力、左目の視力に続き、遂には左の小指を失くしてしまった。満身創痍で帰城した才介を見て、すずは取り乱しこそせずとも、大変傷ついた様子だった。その顔を見たとき、謝らなければと決心したものの、素直に謝罪が出てこず、天邪鬼な言葉になってしまう。すずはそんなことを一人思う才介の顔を、近距離で見下ろす。そして幸せそうに、「許して欲しいなんて、言ってないわ」と言う。それは「全て、わかっていますよ」という意味なのだと、才介に伝わった。

 

「才介さんは、完璧主義者よね」課題に向かう才介を眺めて、すずは言った。「完璧主義…というか、未熟だと思われたくないだけだよ」未熟は厭われる。完璧であれば、誰も文句は言えない。それが才介の持論だった。だが。才介は頭を振る。「違うな。未熟を厭うのは、他でもない俺だ」「じゃあやっぱり、完璧主義なんだね」何故か得意げなすずに、筆を置いた才介は近寄る。「才介さん?」「未熟でいたくないのは、恋愛に関してもだよ」だから宜しく。とんでもないことを平然と言いのけた才介に、すずは顔を、耳を、首までを、みるみる真っ赤に染めた。

 

このご時世、身代わりなんてよくあることで、それはある種光栄であるとも言われる。主の命を守ることが出来るのだから、と。だが、果たしてそれは本当にそうなのだろうか。俺はまだ、忘れられないんだ。この手が、この目が、この耳が、この心が、あの日吹き消した灯火を覚えている。“貴方で、よかった"「何が、よかっただ…」悲痛な叫びも、もう君には届かない。

 

不毛な恋をしている自覚はある。別れを切り出せず、だらだらと続いてしまっているこの関係に、今のところ終わりは見えない。私の気持ちは冷めきっていて、多分それは相手も同じだ。それでも独りになるのが怖いから、言い出せない。「でも、今も淋しいだろ」お酒の席で、下戸の私に付き合って、話し相手になってくれている才介さんが言う。「独りになって淋しいのと、二人でいても淋しいの、どっちが虚しいかなんて、わかりきってるんじゃないか」図星を突かれた私は、彼から目を逸らせずにいる。「…でも」渋る私の手を、才介さんは自分の手で包んだ。「柊が独りになっても、俺がいるよ」だから早く、不毛な恋を終わらせてはくれないか。

 

「すず」漢字にすれば、涼やかのすず。これほど名前と人格が一致する人間は、他にはいないと本気で思う。彼女の傍にいると、爽やかな気分になれる。彼女が通った道は、新緑の香りが漂う。「すず」瞬き一つしない、静かに眠る彼女の頬に触れる。包帯が巻かれた右腕と首は、見ているだけで痛い。「すず、」お前は俺の、安定剤なんだ。早く、目を覚ましてくれよ。今の俺に出来るのは君の名を呟くだけ、ということがこんなに辛いことだなんて、知らなかった。

 

早く完治しますように…(>人<)