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拙いわたしの拙いぶろぐ

駄目人間代表が適当に書いた小咄をまとめて載せたり、大好きな戦国夫婦について語るだけ

鬼の子、天女

創作SS

花の一番の友人、蘭ちゃんの幼い頃の短いお話です。

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 異質な存在を排除しようとするのは、自己防衛本能による人間の性とも言える。
人間達のその卑しい本能は、生まれながらに普通では有り得ない、紅い髪を持った蘭にも当たり前のように向けられていた。
「祟りじゃ」、「鬼の子じゃ」。
村を歩けば聞こえてくる潜められた声は嫌悪に満ちていて、向けられる好奇の視線に耐えられず、幼き日の蘭は寺に向かって駆け出した。
何度その状況下に晒されようと、直接危害は加えられぬとしても視線や声で虐げられることなど、そうそう慣れるものではない。
それが多感な幼い少女なら、尚更のことである。
「どうした、蘭」
法堂の前で嗚咽を上げて涙を流す娘に目を丸くした父は、袈裟を纏う体を揺らして蘭に駆け寄る。
「…ど、して」
袖で己の涙を拭う父に、蘭は声にもならぬ音で問うた。
「どうして、わたしの髪はみんなとちがうの」
「蘭…」
困って二の句が告げぬ様子の父を見て、蘭は少なからず悲痛を感じる。
やはり皆が言うように、自分は鬼の子なのだろうか。
祟りを受けて生まれてきてしまったのだろうか。
悲しくて寂しくて、涙の止まらぬ蘭を暫く色のない顔でじっと見つめていた父は突然、蘭を抱き上げて立ち上がった。
「ちち、うえ…?」
父の突然の行動に驚いた蘭に何一つ説明することなく、父は蘭を抱いて寺の奥まで進む。
毎日経を唱える父や小坊主たちに倣い、蘭も手を合わせる釈迦像をも越え裏口を通り、漸く立ち止まった父が蘭を下ろしたのは今日も美しく整えられた、この寺自慢の石庭だった。
その傍らには、咳を零しながら庭を愛でる母の姿もある。
「あら。二人揃って、どうしたんです」
夫と娘の姿を認めて微笑みかける母は、蘭の頬に涙が流れていることに気づき、小走りで蘭に寄る。
「あらあら。可愛らしいお顔を涙でぐちゃぐちゃにさせたのは、何処の誰かしら」
「まあそう怒るでない」
可愛い娘を悲しませたことに対する憤りと、その人間達にはっきりと理不尽を言い渡すことが出来なかった親としての不甲斐なさを言葉にちらつかせた母に、父はむっすりとした顔で嗜める。
「そういうおまえさまだって怒っているではありませんか」
「娘が傷付けられたことに怒りを感じぬわけがないだろう。だが、蘭」
夫婦間で交わっていた視線は父により凛へと移り、父は母に抱かれた蘭の両肩に手を置いて、蘭と目線を合わせた。
「おぬしは何も悪うない。しかしな、おぬしにとって理不尽な世はそれでもおぬしが生を受けた世じゃ。よいか。どんなに苦辛に満ちているとしても、この世を憎むでないぞ」
父と揃いの切れ長の目をこれまでかというほどに丸くして息をひそめる蘭に、父は微笑する。
「耐え忍んだ先に、必ずおぬしにとってあたたかい世が待っておる」
悲しむ蘭を、そして蘭を紅髪に産んでしまった己に少なからず負い目を感じている母を、決して傷つけまいと父が言った言葉に蘭は支えられ、そうして生きてきた。
信じる者は救われる。
耐え忍べば幸せになれる。
僧侶の娘として生を受けた蘭が、それを信じることは容易いことだった。
されども、元々体が弱かった母を流行り病で亡くした九つの春、寺に篭って涙に暮れる蘭は思う。
(一体、いつまで耐えれば私は普通になれるのだろう)
汚い言葉を吐きかけられようと、石を投げられようと、腫れ物に触るような扱いをされようと、父の言葉を信じて耐えてきた。
母が悲しむ姿を見たくはないと耐えてきた。
けれど、いつまで経っても世界は蘭に優しくなどならない。
「ふつうに、なりたいよう、」
物語の主人公になりたいなんて、お国の救世主になりたいなんて、言っていない。
ただ、普通に、普通の人間に。
釈迦像を拝む小さな背は、丸まる。
友達と日が暮れるまで遊んで、近所の人と話を交わし、笑って過ごす。
そんな、皆にとっては当たり前の日々を望んでいるだけなのに。
「蘭、来なさい」
朝日に照らされた坊主頭の父の顔を、蘭は今でも忘れられずにいた。