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拙いわたしの拙いぶろぐ

駄目人間代表が適当に書いた小咄をまとめて載せたり、大好きな戦国夫婦について語るだけ

憂鬱だったはずの今日

創作SS

現パロで花ちゃんの誕生日の話。

お家を百貨店にしたのは、前身が呉服商の百貨店が多いと聞いたので。

。゜⋆。゜⋆

 毎年のことながら憂鬱なものだ、と花は息を吐く。
淡い水色のドレスを纏った体は、どことなく重い。
会場の上座に並ぶ姉と妹は、花のものとお揃いの型であるドレスを優雅に着こなし、にこやかに父の挨拶に耳を傾けている。
一宮家が代々経営する百貨店は毎年桜が咲く季節になると、株主や関連各社の社長や役員を招き、盛大なパーティを開く。
当然、社長の娘である花も毎年出席を強いられていた。
それに関しては、多少の億劫さはあっても、幼い頃からの「当たり前」であるからして、わざわざ気鬱になることはない。
しかし。
(なにも私の誕生日に催さなくてもいいじゃないって思うのよね)
今日は春分の日
もっと言えば、花が生まれた、花にとって何より大切な日のはずなのに、誕生日は毎年華やかなドレスを着させられ、たっかいハイヒールを履かせられ、菩薩のように微笑んでいることを強いられ、こんな堅苦しい催しで終わってしまう。
私はもっと、有意義に過ごしたいのに。
何もバースデーパーティーを開いてほしいとか、豪華なプレゼントやご馳走が欲しいとか、そういうことを言いたいわけではないのだ。
(私は私が生まれた大切な日を、大好きな人と穏やかに過ごしたいだけなの)
もっと言えばあの人に、誕生日おめでとう、生まれてきてくれてありがとう、そう言ってもらえれば、それで十二分に幸せなのに。
父の挨拶も終わったようで、会場に拍手が鳴り響く。
後は各々立食を楽しむだけだ。
「お姉さま、私達も行きましょ」
二の腕まである長い手袋を嵌めた花の手をちょんちょんと摘む妹に頷いて、花はウエイターから貰った皿を手に、この日のために用意されたご馳走を見て回る。
真鯛のカルパッチョ、鴨のロースト、舌平目の蒸し焼き、野菜たっぷりのテリーヌ、イタリアントマトのポタージュ、仔牛のトマト煮込み、モッツァレラチーズのカプレーゼ、無農薬野菜のラタトゥイユ
どれも美味しそうで、身支度が忙しく朝から何も食べられていない花の空腹感を満たすには相応しい。
いろんな料理を少量ずつ取る花に対し、妹は気に入ったものを中心に取っている。
取り敢えずを取り終え、クリーム色のテーブルクロスが掛けられた丸テーブルに皿を置くと、声を掛けてきた老年の男性が、近くを通ったウエイターから手にしたシャンパンが注がれたグラスを差し出してきたので、まだ未成年だからとそれを丁重に断る。
「おお、これはすまない。花お嬢さまはまだ高校生だったかな」
「ええ、来年三年生になります」
大人っぽくなられたと目尻を下げる老父と軽く世間話を交わしながら料理を摘んでいると、肩に手をかけられ、振り向く間もなく手の主が老父と挨拶を交わす。
「これはこれは、百合お嬢さま」
「ご無沙汰しております」
「二年ぶりかな」
「そうですね、暫く大学が忙しくて帰れなくって」
きらりん、そう効果音がつきそうなほどにっこりと微笑んで対応する姉は、会話の合間にこっそりと花に告げる。
「連絡が来ているそうよ。行ってらっしゃい」
「えっ、でも―」
連絡の相手は、なんとなく察しがついた。
けれど、今はパーティーの最中。
主催者側が席を外すわけにはいかないのではないか。
躊躇う花の背を、もぐもぐと口を動かす妹が軽く押す。
「お姉さま一人がいないくらい、どうってことはないから、こちらのことは気にせずにお行きになって」
揃いの黒髪が艷めき、花に微笑む。
これは、私達からのささやかな贈り物よ。
『お誕生日おめでとう、花(お姉さま)』
「…ありがとう。お姉さま、千代」
小さく手を振る姉妹に振り返すことも忘れ、花はハイヒールで小走りに会場を出たのだった。

 会場を飛び出て、控え室として借りてある個室に入ると、世話係が花の携帯電話を耳に当てて、何やら話を紡いでいた。
普段、絶対に花の携帯電話に触れることがない彼女が、今日に限って着信を取ったのは、パーティが始まる直前まで何度も電話を眺めては置き、眺めては置いていたのを見ていたからだろう。
「あっ、花さま来られました。少々お待ちください。変わりますね」
花の姿を認めた世話係は電話口にそう言うと、送話口を軽く手で押さえ、「藍川さまです」とそのまま花に携帯電話を差し出す。
やっぱり。
着信主の予想が当たっていたことへの納得感と共に、花の心にはじんわりとあたたかいものが染み込んでくる。
「もしもし」
そっと握った携帯電話を耳に寄せ、待ち望んだ彼の声を待てば、すぐに善四郎は「ごめんね、花ちゃん」と声を発した。
「まだパーティの途中だろうなって思ったんだけど―どうしても、君に言いたいことがあって」
「言いたいこと、」
反芻した花に浮かぶのは、花が何より望んだ、今日の日限りの小さな夢。
「うん。…その、出来ればなんだけど、今日の内に直接会って、言いたいんだ」
彼の言葉を聞いた途端、花の心拍は驚くほど速まった。
ねえ、もしかしたら、もしかして。
逸る心をちょっとだけ抑えて、花は世話係を見遣る。
行っても良いだろうかという花の視線に、世話係は笑顔で大きく頷いた。
「旦那様や奥様には上手く言っておきますから、どうぞお気兼ねなく、いってらっしゃいませ」
十七歳の誕生日は、一度だけなんですから。
(茜、ありがとう)
口をぱくぱくさせて告げた感謝の意に、彼女は微笑む。
受話口からは、緊張からか、時折吐息が漏れていた。
弾む心と高鳴る胸を乗せ、花は電話越しに素直な気持ちを告げた。
「善四郎さん。わたし、あなたに今すぐ会いたい」