読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

拙いわたしの拙いぶろぐ

駄目人間代表が適当に書いた小咄をまとめて載せたり、大好きな戦国夫婦について語るだけ

今思えば、恋の芽生えだったのかもしれない。

創作SS

あけましておめでとうございます。

今年一発目は片恋百合話をぷつぷつ切りでお送りしたいと思います。

いつもの如くなんでもありですので、ご注意。

____________________

今でも時々、胸の苦しみを感じると書庫を訪れて、一冊の年季の入った書物をそっと手に取る。 古い時代の名もない誰かの手で綴じられたのだろうその本は、頁を捲る蘭の指によく馴染む。

蘭にとって大切なものが詰め込まれた物語は、読み進める度に、蘭のざわつく胸を落ち着かせた。
「蘭ちゃんはこの本が好きだね」
今や書庫の番人といっても過言ではない善四郎が、蘭が手に取っていた書物を借り、表紙を優しく撫でる。
この城に入って七年、蘭がもう数え切れないほどこの本を手にとっていることを、書庫でよく会う善四郎はよく知っていた。
「羽衣伝説、か」
善四郎は呟く。
日光が射し込む時間にも拘らず、ゆっくりとした時間が流れる場所で、蘭は誰にも話したことのなかった話を静かに口にする。
「…花が、私に光をくれたきっかけのお話なんです」
「花ちゃんが」
「ええ」
首を傾げる善四郎に微笑み、蘭は返された本を優しく抱きしめる。
なんとなく、胸に大切に仕舞ってあるあたたかな記憶を、彼になら話しても良い気がした。
それは、蘭が善四郎に気を許しているからだけが理由ではなく。
「善四郎さま、奥の書棚の整理終わりましたよ」
極力潜めた声と共にひょい、と現れたのは花その人で、書庫に居たのかと、昼間奥御殿で会って以来姿が見えなかった彼女に蘭は小さく驚く。
「ありがとう。手伝わせてしまってごめんね」
「いいえ。侍女として当然の務めですし、それに善四郎さまのお役に立てて嬉しいんです」
笑顔で宣う花に善四郎は多少どんな反応をすべきか迷ったようだが、花の嬉しげな表情を見ていてどうでもよくなったのだろう。
ふっと口元を綻ばせると「そっか。ならいいけど」と返した。
「それより見てください。この本、随分と古いみたいで文字が消えかかってるんだけれど、七夕伝説が載っているんです」
花が顔の横に掲げた本を手を伝って手元に寄越した善四郎は、音も立てずに傍らに寄ってきた花と、それを覗く。
「ああ、本当だ。僕が伝え聞いていた話とは少し違うみたいだけど」
「そうなんですか?わたしは聞かされた話と遜色無かったですけど」
「所詮伝承に過ぎないし、土地で違うのかもね」
仲睦まじく語り合う二人は、まるで蘭のことなど見えていないかのようだと気づいてしまって、蘭は少しだけ胸が痛む。
自然に肩を寄せ合い、見上げる花に微笑う善四郎。
(お似合いだな)
人知れず、蘭は思う。
蘭の目から、否、誰の目から見ても二人は、お伽噺の世界で出逢い恋に落ちる男女のように、大切に大切に恋を、想いを、愛を育んでいる様子が見て取れる。
相手を何より大事に想い、相手の支えとならんことを願い、苦しむ相手にそっと寄り添える、そんな優しい二人が幸せになるのなら、それは周囲の人間さえも幸福に感じるのだろう。
噫、だけど。
「ねえ、蘭も見てちょうだい」
そう言って笑いかける花に、泣きそうになる心を隠して蘭はきゅっと口角を上げる。
(花が善四郎さまの隣でこの上なく幸せそうに佇むとき、私はそこには居られない)
今でさえ、彼に花が微笑むとき、彼を想って花が涙するとき、目を逸らしてしまうのだから。
紙面を広げて楽しげに喋る花を、蘭は切なさの篭った目で見つめるのだった。

_____________________

「蘭ちゃんの髪、綺麗ね」そう微笑んだ花に、蘭は俯く。「綺麗なんかじゃ、ないよ」

“祟りじゃ”、“鬼の子”。囁く声が頭で騒ぐ。

“気持ち悪い”。突き刺さった言葉が胸を射抜く。

「私はこの髪が、嫌い」この髪は、蘭が何より要らなかったもの。

しかしそんな蘭の心境などいざ知らず、彼女は身を乗り出して疑問を呈す。

「どうして?天女さまみたいで、とっても美しいのに!」「…てん…にょ」

聞き慣れない単語に首を傾げれば、彼女は大きく頷く。

「そう、天女さま。前におじじ様が絵巻を見せてくれたんだけど、蘭ちゃんみたいに、珊瑚色の髪をしていたの」

目をきらきらと輝かせて言う彼女に手を引かれ、忍び込んだ書庫で初めて読んだのは、天女の羽衣物語だった。

その物語の美しさを何故か誇らしげに語る彼女がふと、誰もが畏れたこの紅い髪を一房取った。

その指が、心を溶かすように温かくて優しかったことは、今でも胸に焼き付いている。

(ねえ、花)

(私ね、あの日あなたのお陰で、この紅髪がちょっとだけ好きになれたんだ)

______________________

 彼女に対する気持ちが俗に言う恋慕というものだと気づくのに、そう時間は要さなかった。

衆道というものが存在する男同士なら兎も角、女である自分が同性相手に恋慕を抱くなど、と思わないこともなかったが、それでも気持ちというものは日々膨らみあがる。

鈴が鳴るようにころころと笑う姿。

蘭の名を呼ぶ、優しい声。

差し出される薄卵色の手、繋いだときのじんわりと伝わる温もり。

友情と何が違うのか、必死に思考を巡らせて考えた夜もあった。

でも結局は、彼女の姿を目に入れたときに胸にそっと湧くあたたかなもの、彼女のことを想ったときに高鳴る鼓動、それが全てを物語っていた。

しかし、ここにしっかりと、けれども静かに灯る想いを打ち明けることはきっと一生、ないだろう。

蘭は花の散った葉桜を見上げ、善四郎と肩を並べて微笑う花を懐う。

恋心に抗おうとは思わない、だってこの気持ちは己にとってひとつの宝だ。

棄ててしまおうとも思えない、そもそも簡単に棄てられるものならば、とっくに手放している。

「…でも、じゃあ、行き場のないこの想いをどうすればいいの」
嘆きにも似た蘭の呟きは、誰の耳にも届かない。

あの日、願った普通を手に入れたはずなのに、蘭の心はもっともっとと欲張る。

人を恨めしい、憎ましいと思うことがどんなに醜いかなんて知っているはずなのに、蘭は心許した善四郎に、そんな感情を抱いてしまう。

花、はな、ハナ。

あの人の隣で、そんな表情をしないで。

あの人を、そんな目で見ないで。

あの人に、そうやって微笑みかけないで。

「私が、いるのに」

どうして、私にその表情を見せてくれないの。

どうして、私を見てはくれないの。

どうして、ねえ、どうして。

いつでも私はあなたを見ているのに。

あなたを想っているというのに。

あなたが辛いときは、抱きしめてあげる。

あなたが泣きたいときは、背を貸してあげる。

涙がこぼれたら、一粒残さず掬ってあげる。

あなたが望むことならば、なんでも叶えてあげる。

いつだって、側にいてあげる。

だから、ねえ、だから。

人の通りすらない裏裏山の拓けた場所で咲く花は、百合。
白き儚いその花の傍らにへたり込み、凛は堪えきれずに涙を流す。
嗚呼、願わくば。
嗚呼、叶うのならば。

_______________________

今年もゆるい感じで更新していきますので、お付き合いどうぞよろしくお願いします(o^^o)